2007年04月06日
藍が島殺人旅情「第2話」カメラマンの死 その2
藍が島殺人旅情「第2話」 カメラマンの死 その2
10分程で二人は大千代港に付いた。
港というより、ただコンクリートで固めた堤防が突き出ただけであった。 月の明かりだけでもそのコンクリートの上には人影が無いのが分かった。恐かったが堤防の端に立ち海に懐中電灯を照らしてみた。 懐中電灯の明かりには白く砕けた波頭が映るだけであった。 3人は、走るように車に戻った。 普通なら15分から20分は掛かる。
風が木立を揺すり、気味の悪い音を出していた。 工事中に崖崩れで埋まった人々の怨霊の声かも知れない。
「ザー、ザー」と樹木を揺する風の音が、「さー来い、さー来い」と聞こえる。 お前たちも一緒に海に引きずり込んでやる。と言っている様に聞こえる。風の音が「ギャー、ギャー」とも聞こえる。 今でも埋まっている工事関係者の怨霊が、「助けてよー」と悲鳴を上げているようにも聞こえる。
車に戻り、吉住は運転席に乗り、助手席に山田が、 後部座席に祐子が乗るのを確認すると、車を急発進させた。
「聞いたか?」
「何をですか?」
吉住の問いに、山田は何の話しか分からず、 不思議そうに吉住の顔を覗いた。
吉住の顔は、恐怖におののいている様に見えた。
「亡霊の雄叫びさ」
「やめてくださいよ、気味が悪いことばかり言わないでくださいよ」
「それより、どうしましょう。捜索願い出しますか?」
山田は続けて言った。
「こんな島には警察もいないだろうし、 とにかく民宿に帰ってご主人に相談しよう。」 吉住は、それだけ言って、大変な事になった。と思った。
佐々木が行方不明になったと聞いて、民宿「はまゆう」 の主人が、村の長老に電話を掛けた。この島には警察はいない。150人程の島民である。それに、平穏な毎日が続いていた。 警察など不要である。ごく稀に近くで海難事故があると、近くの島という事とヘリコプターが使えるという事で、 海上保安庁が立ち寄ることがある程度だ。何年か前に、ベヨネーズへ釣りに出た釣り人が大怪我をしたといって、 この藍が島からヘリコプターで怪我人を東京へ運んだことがあった。それ以来保安庁や警察など来る用事は無かった。
島の人間は、釣り人が嫌いであった。 こんな島まで釣りに来る人間は、金持ちで暇をもて遊んでいると思っている。現に今回来たメンバーも決して金持ちとは言えないが、 暇はあると言える。カメラクルーは仕事で来ているが、釣り人は半分は遊びである。10日も都合を付けて遊びにきている。 島の人間に遊びはない。天気の良い日は漁に出て、天気が悪いと船をワイヤーで高台へ吊す仕事がある。 定期船が入ると全員で荷揚げ作業を手伝う。この島は遊魚船がない。金持ちの釣り人が漁師の船を雇うことがあるが、 よほどの凪の時である。よって、磯へは歩いて渡るが、その時も金で島の住人をポーターとして雇うのである。 今回のテレビ取材も器材や釣り道具、エサなどかなりの荷物である。テレビ局で島民を雇いたいと民宿の主人に相談していた。結局、 1日2万円で民宿の主人と話が付いていた。最近は不景気で民宿業も大変なんで助かると言った。
それに今回の行方不明騒ぎだ、島の長老の指示だ。 海上保安庁の要請とはいえ大切な仕事を放って捜索活動に出る嵌めになった。
佐々木が行方不明になった翌日の昼頃、 海上保安庁の巡視船「黒潮」がやってきた。警備海難課の職員3人が藍が島に上陸した。 それまでに島の消防団や漁師の船が捜索したが、佐々木の手がかりは無かった。
海難課の課長は、山川と名乗った。吉住たちは、 佐々木が行方不明になった時間や、今回の目的などを聞かれた。家族の事も聞かれた。早速家族に連絡が行った。 警察にも連絡してあると説明された。
その日の夕方、 佐々木らしい溺死体を発見したという報せが入った。
大千代から東に500m程行ったところに岩礁地帯がある。 捜索中のダイバーがその浅瀬の岩礁に引っ掛かっている佐々木を発見した。との事であった。
海難課課長の山川は、これは他殺だな。と直感した。
海での遭難は山川達の仕事だが、 事件が陸で起こって海に投げられたのなら警察の仕事である。昨晩藍が島の村長から連絡を受けたときに警察にも知らせて合った。 それは、まだ事件と決まった訳ではなかったが、行方不明者という事で、いずれ家族から捜索願いが出る。場所が離島ということで、 移動に日にちがかかる。まして滅多に行けない藍が島のことだ。天候に大きく左右されるのである。天気図では、 父島の遥か南に低気圧が出来掛けている。保安庁に入ってから20年の山川は、明日は低気圧になって、 明後日には八丈島あたりまでやって来るのは分かっていた。よって、早めに手を打っておいたのだ。
藍が島は東京都である。 警視庁捜査一課の赤津警部に連絡が入ったのは25日の夕方5時すぎであった。予め保安庁の山川から連絡を受けていたが、 まだ家族からの捜索願いも出ていなかった。しかし、長年の付き合いである保安庁の山川から明後日は荒れて青が島へは行けない。 だれかをよこしたらどうだ。という意見を貰い。若手の刑事である奥村を送ったのだった。
赤津警部は電話越しに黙って奥村の話を聞いていた。
「名前は佐々木祐一、38才です。 24日の午後崩れた崖を見にいって誤って落ちたか、誰かに突き落とされたか、 それとも殺された後その崖から落とされたかも知れません。」
「害者の後頭部に岩でぶつけたか何か鈍器で殴られたような痕があるのです」
と、付け加えた。
佐々木が乗って行った軽トラックが放置されていた場所、 死体の発見された場所、潮の流れ、そして、崖を転げ落ちた様な衣服の傷後から想定すると、大千代の崖から落ちたと考えられる。
赤津警部は5人の捜査員を呼び、今回の事件らしき概要を説明し、佐々木祐一の身辺が調べられた。 同時に鑑識と捜査員の応援を藍が島へ飛ばした。事件らしきと前置きしたのは、まだ鑑識の結果もなく、 はっきりと殺人と決まった訳でもなかったからだ。
ただ、気になるのは、その周辺や海底を探したが佐々木のカメラが見つからなかったことだ。
26日の早朝、ヘリで害者が東京に運ばれてきた。 鑑識に回され解剖するためである。 藍が島に行っている若手捜査員の奥村にも、 害者の佐々木たちと一緒の船で青が島に上陸した者全員のリストを作ってくれ。そして、島から逃亡しない様にしてくれと頼んだ。
赤津は、 再度佐々木の身辺を至急洗い出す様に指示を出し、青が島へ飛んだ。到着したのは26日の午後であった。 低気圧の影響で船はだめだったが、なんとかヘリは飛べた。 鑑識結果は、その日の夕刻に出た。
やはり、後頭部を傷は鈍器で殴られた痕だった。 肺には少しの海水しか入っておらず、溺死ではなかった。死亡時刻は24日の午後3時から4時頃という結果が出た。
早速、東京に捜査本部が設けられた。
赤津警部は、民宿「はまゆう」の一部屋を借りて、 吉住たち一人ずつを呼んで事情を聞いた。吉住からも中村からも、他のカメラクルーからも的確な情報は得られなかった。吉住、 中村、山田の3人は、24日の午後は釣りと撮影に夢中になっていた。一応アリバイはある。
太田は、民宿でゴロゴロしていたらしいが、車を使わないかぎり大千代へは行けない。それに、 民宿の若奥さんが太田は民宿にいたのを確認している。民宿の車は2台で、1台は吉住達が、もう1台は佐々木が乗っていっている。 この時に佐々木一人が出掛けたのを民宿の主人が確認している。大千代への道を教えるためだ。
投稿者 ootani : 2007年04月06日 20:54

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